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神戸ポタリング日記

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カテゴリ:歴史一般( 4 )


2012年 10月 23日

みたらし団子の起源

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下鴨神社は糺の森(ただすのもり)という太古の森が残っている。
神社の本殿の手前から横の奥へ入るとみたらしの池がある。

夏の暑い土用の丑の日の前後4日間ここでみたらし祭りが行われる。
ここの川にこの期間だけ足をつけることが許される貴重なお祭りである。
自然にわき出している神水は、あくまでも清く冷たい。
この池に足をつければ心身ともに清められるだろう。
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この池にわいてくる水の泡を模してみたらし団子が作られたそうだ。
下鴨神社のすぐ近くに加茂みたらし茶屋さんがあり、
3本400円で元祖みたらし団子が味わえる。
これがみたらし団子の元祖と言われている。

一個だけ離れた団子は頭で、後は4肢を表している。
下鴨神社に行ったらぜひこの2つは訪れて欲しい。

by ozunu13 | 2012-10-23 21:24 | 歴史一般 | Trackback | Comments(4)
2012年 10月 20日

五条 幽霊子育飴

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五条の六波羅蜜寺のすぐ近くに幽霊飴屋さんがある。
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前から行きたかったので黒ちゃんの案内で行ってきた。
飴は添加物なしで、素朴で非常に美味しい。

その由来はこうだ。
毎晩飴を夜に買いに来る女性を怪しんだ店主が後をつけたところ、
お墓に出くわし、そこで赤ん坊の泣き声を聞いたのでお墓を掘りだした。
すると亡くなった母の横で元気な赤ちゃんが飴をなめて生きながらえていたという。
飴屋さんは、その子供を引き取り、後年立派な僧侶にその子供がなったという伝承がある。

日本昔話では和歌山の話になっている。
実は全国に似たような話がある。
どうも元は中国から伝承された話のようであるが、
亡くなっても子を思う母親の優しさが切ない。
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この飴屋さんのすぐ近くが六道の辻である。
古来よりあの世とこの世の境目だと思われていた場所だそうだ。

京都は綺麗なだけではない深い歴史がある。

by ozunu13 | 2012-10-20 19:30 | 歴史一般 | Trackback | Comments(4)
2011年 08月 02日

長講堂 左京区 

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ブロンプトンで走っているときにふと「長講堂」という文字に心惹かれた。
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後白河法皇の長講堂の過去帳にも、「祗王、祗女、ほとけ、とぢらが尊霊(そんりゃう)」と四人一所に入れられけり。あはれなりし事どもなり。
とある後白河法皇の宸筆とされている過去帳があるあの長講堂であった。
亡くなった方の名前が書き込まれているという。

平清盛が寵愛したことで有名な白拍子の祇王である。
その祇王をまつっているのが有名な祇王寺だ。

母は刀自、妹は祇女で平清盛にその美しさを見初められるが、
仏御前という女性に心変わりした清盛に屋敷を追い出されてしまう。
その後、3人で仏門に帰依する。
祇王21歳の時だった。
(当時の人の寿命は40歳ぐらいだったと考えられているので、現在で言えば中年だったろう)

ところがしばらくして清盛に捨てられた仏御前も加わり、
4人で静かに念仏三昧の日々を過ごしたそうだ。

平家物語の巻一「祇王」は、
平清盛の非道さを際だたせるために後から平家物語に挿入されたという説もある。

by ozunu13 | 2011-08-02 07:55 | 歴史一般 | Trackback | Comments(4)
2011年 05月 05日

長宗我部盛親公墓所 蓮光寺 koneta

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京都はGWで非常に人が多かった。
たいていは金閣寺や竜安寺などの方面に行かれるのだろう。
京都駅から五条方面に行ったところに浄土宗の蓮光寺がある。

こぢんまりとしたお寺だが、
かの大阪夏の陣で活躍した長宗我部盛親公の墓所がある。
大阪夏の陣は周知のように、完全に最初から負け戦だった。

負けるとわかっていながらどうして戦ったのか。
今の我々にはちょっと理解できないかもしれないが、
当時の武人達は「人は一代、名は末代」と信じていたからだ。

およそ5千の藤堂高虎隊と数百の兵で八尾の戦いで奮戦した長宗我部盛親は、
死ぬことによって永遠に名を残し、
徳川の世になっても真田幸村や木村重成などと同様に賞賛されることになる。

反対に豊臣恩顧の家臣でありながら、
徳川方にについた福島正則のその後はあまりにも無残である。

などと考えながら、地元の人以外来ないお寺でのんびり想像にふけるのは楽しい。

by ozunu13 | 2011-05-05 22:30 | 歴史一般 | Trackback | Comments(8)