黒ちゃんspeeding tikit納車!

黒ちゃんのspeeding tikitが本日納車された。
イトーさんで入念に調整してもらい、
空と雲をイメージした仕上がりとなっている。
またフロントラックを左右つけているので、
長旅もいける旅仕様である。

フロント一枚のtikitオーナーにいいニュースである。
イトーさんのチェーン脱落防止アイテムがほぼ完成していた。

予価3800円ぐらいになりそうだということだ。
興味のある人はイトーサイクルさんへ。

納車後、お昼は近くのイタリアンのpasso a passoさん。
そこまで行くまででも、黒ちゃんは、speeding tikitが軽快だと感動の叫び声を上げていた。
彼は最近ずっとブロンプトンに乗っていたから、
乗り換えて、かなり感動したようだ。

Passo a passoさんでは出来たら前菜付きを頼んでほしい。
今日はぶりのカルパッチョが最高だった。

ランチを食べた後は、
淀川沿いを走って大川へ。
天満橋の永田屋昆布さんで美味しい昆布を買った。
お勧めは「浦磯」で、細く刻んだ昆布は最高。
アイスクリームのぜー六さんへ。
ゼー六のアイスは、あっさりとしていて安くて旨い。
一個100円で一個買ったとしても、お店の方の愛想がいいのは地元京都とは違うと彼は感心していた。
さすが商魂たくましい大阪である。
京都の観光客向けのお店はかなり無愛想なところが多いからだそうだ。

そのまま靱公園近くのブランジュリ タケウチさんへ。
個人的にはパン部門、大阪で1番ではないかと思っている。
あまり列ばないでパンを購入。
最後に出入橋のきんつば屋さんで、1個100円を購入。
あっさりとした甘さでこれまた美味。
グルメな一日であった。
大阪は安くて、美味しいものが多い。
speeding tikitはまったく今までのtikitとは別物である。
ブロンプトンとまったく違う種類だと思った方がいいだろう。
のんびり走るならブロンプトン。
ロード並に走りたいならspeeding tikitだろう。
牡蠣グルメライド 下見

2月末に行う牡蠣ライドの下見を弟子の黒ちゃんと友人の池ちゃんとで行ってきた。
今回非常に素晴らしいお店を発見した。
あまり広まると問題なので店名は伏せておく。

これだけ入ってなんと2500円。
牡蠣が6個、ホタテ、エビ、カマス、アジの一夜干し、渡り蟹、生だこ、サザエとご飯と蟹の味噌汁。
牡蠣ばかり食べてもすぐ飽きる。
またいろいろ調味料を持って行くのも邪魔だ。
すべての解決策がここにあった。
つまりポン酢からレモン、醤油など何でも揃っていた。

お店の中は暖かい。
しかも、安い!!

坂越の寒風吹きすさぶ中も乙なものなのだが、
今後はここにすることを決定。
参加予定の皆さんも喜ぶだろう。
Speeding Tikitのある風景

tikitの左右非対称な造形が好きだ。
特にこの湾曲したラインはなんてエロティックなんだろう。
車の場合もそうだったが、
小排気量の小さなスポーツカーが好きだった。
車重1トンで100馬力ぐらいが理想である。
エンジンのパワーを使い切って走ると本当に気持ちが良い。
そういう点で、tikitは16インチである点で、
きわめて小排気量のスポーツカーに近い操作感がある。
きびきびと自分の思い通りに走ってくれるのだ。
自分の体にピッタリフィットしたサイズの自転車に乗れば、
あなたも同じような感覚を味わえるはずだ。
自転車を選ぶ場合には、
デザインだけでなく、サイズが大事だと覚えておいて欲しい。
Honda S800

いいね。
日本もこんな車を作っていた時代があった。
今でも世界中にファンがいる。
影

何気なく歩いていたり、自転車で走っていて、
ふと気になった風景は切り取っておこう。
よく「上手な」写真を撮りたいと思っている人がいるようだが、
そんな写真は実はない。
自分にとっていいなと思える写真しか撮れないのだ。
有名写真雑誌の上位常連のライカ師匠は、常に担当審査委員の好きそうな写真を選ぶそうだ。
まるで受験の傾向と対策ではないだろうか。
我々のような素人は好きな写真を好きなカメラで撮ればいいのだ。
誰かにその写真が認められる必要があるのだろうか。
私の両親は芸術家だが、このように日頃言っている。
芸術は「99%の才能と、1%の努力だ。」
私のような才能のない人間は芸術にはむかないとまで親に言われたこともある。
才能の無い人は、まねは出来ても、オリジナルの作品はできない。
厳しいように聞こえるが、なまじっか芸術を目指さなくて、良かったと今は思える。
砂の数ほどに絵画や音楽や写真を目指す人は多い。
しかし、光り輝く人はごくわずかに過ぎない。
また芸術で生計を立てるのは更に至難の業だ。
もしすこしでも「いいな」と思える写真を撮りたければ、
撮り方の本や写真雑誌を読んだり、写真教室に通うのではなく、
いい絵画を見たり、音楽を聴いたり、文学を読んだりして、
自分の「内面の感性」を高めることが大切だそうだ。
「誰でも撮るような写真」、つまり固定観念で出来た写真を撮っても誰も感動しない。
また偉大な才能は偉大な師匠によって発見される。
ジョルジョ・ルオーやマチスもギュスターヴ・モローがいなくては才能を開花できなかっただろう。
彼は、「私は君たちが渡っていくための橋だ」と生徒達によく言っていたそうだ。
弟子になるなら、最高の師匠につかなくてはならない。
自分の作風や固定観念を押しつけず、才能を引き出してくれるような師匠をあなたは見つけられるだろうか?
結局、真の芸術であるかどうかは時代の審判を必要とするだろうし、
真の芸術家は、往々にしてその時代では認められ無いことも多い。
今もてはやされている芸術家が、数百年後もそうとは言えないのだ。
だからこそ我々素人は、気に入った1台のカメラとレンズで日常を好きなように切り取って行こう。
それで十分楽しいはずだ。
生きていることを楽しもう。
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